私の研究室へようこそ。紫月燈子です。
今回は、私がタロットカードを引く前に、ごく自然と深呼吸をするようになった理由について、少しお話しさせてください。ささやかなことのようですが、私のカードとの向き合い方を大きく変えた、大切な習慣なのです。
研究初期の私と、カードへの向き合い方
私がタロットの研究を始めたばかりの頃は、今よりもずっと、カードの「結果」や「解釈」に焦点を当てていたように思います。目の前のカードが示すメッセージを、いかに客観的に、そして正確に読み解くか。そのことに、無意識のうちに強い意識を向けていました。
もちろん、それは研究者として当然の姿勢かもしれません。しかし、同時にどこか、「早く答えを知りたい」「確かな手がかりを見つけたい」という、わずかな焦りのようなものが、常に心の中にあったようにも感じられます。カードを引く行為も、どこか効率的であるべきだ、と、知らず知らずのうちに自分を律していたのかもしれません。
その頃の私は、カードを「探求のツール」として捉えすぎていたのかもしれません。カードから得られる情報こそがすべてであり、私自身の心の状態が、その情報を曇らせてはならない、と。そうして、時に自分自身の内側に湧き上がる感情や、その瞬間の心の揺らぎを、意識的に鎮めようとしていたこともありました。どこか、カードと自分の間に、厚いガラス板のようなものが存在していたように感じることもあったのです。
深呼吸がもたらした、静かな転換点
そんな日々の中で、ある時、いつものようにカードを引こうとした私の手が、ふと止まりました。
その日の私は、どこか心がざわついていたように思います。日中の些細な出来事や、今日の研究課題への意気込み、あるいは漠然とした思考の断片が、まるで薄い靄(もや)のように意識の底を覆っていました。その靄の向こうで、カードが何を語ろうとしているのか、あるいは、私が本当に尋ねたいことは何なのか、きちんと耳を傾ける準備ができていないように感じられたのです。
その時、本当に無意識のうちに、私は深く息を吸い込み、そして、ゆっくりと吐き出しました。一度、二度と繰り返すうちに、心が少しずつ、しかし確かに落ち着いていくのを感じました。まるで、水面に広がった波紋が静かに収まり、底が見えるようになるような、そんな感覚でした。それまでカードを引く瞬間に感じていた、わずかな「焦り」や「前のめりな気持ち」が、その深呼吸によって穏やかに洗い流されていくようでした。
この小さな行為が、私とカードとの向き合い方に、静かな変化をもたらすきっかけとなったのです。
カードとの間に生まれる、「適切な間」
深呼吸は、私にとって単なるリラックスの手段を超えたものとなりました。それは、カードと向き合う前に、私自身の内側を整えるための、大切な儀式のようなものになったのです。
息を深く吸い込むことで、意識は外側ではなく、自分自身の中心へと向かいます。そして、ゆっくりと息を吐き出すことで、余計な思考や感情が手放され、心が静寂を取り戻す。この「間」が、非常に重要なのだと、私は今、感じています。
カードを引くことは、問いを立て、その問いに対するヒントをカードから受け取ること。しかし、そのヒントは、必ずしもストレートな「答え」として現れるわけではありません。むしろ、私たちの内側にある「答え」を引き出すための、鏡のような役割を果たすことが多いのです。
深呼吸は、その鏡の曇りを払い、よりクリアに自分自身を映し出すための準備です。「答えはあなたの中にある」という私の研究の根幹にある考え方と、深呼吸という行為は、深く結びついています。外からの情報をただ受け取るのではなく、一度自分の中に落とし込み、内側の声と照らし合わせるための「適切な距離」を、深呼吸は与えてくれます。それは、カードに過度に依存することなく、あくまで対等な研究対象として、あるいは静かな対話の相手として向き合うための、私なりの敬意の表し方なのかもしれません。
今では、カードを引く前に深呼吸をすることは、私にとってごく自然な、欠かせない習慣となっています。それは、カード研究を深める上で、そして自分自身の内側と向き合う上で、静かながらも確かな支えとなってくれています。もし、あなたがカードを引く前に、わずかな心のざわつきを感じたなら、一度深く、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出してみてはいかがでしょうか。その静かな「間」が、あなた自身の新たな発見へと繋がるかもしれません。
燈子の言葉はお守りです。正解ではありません。あなたの感覚を一番信じてください。人生の決断は必ずご自身で行ってください。


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